BCPは策定して届出まで済んでいる。研修も訓練も実施した。それでも、実際に大雨で交通が止まった日に管理者へ電話が集中し、判断が一人に集まる。多くの事業所で起きているのはこの状態です。
この記事は、介護・障がい福祉・児童福祉の事業所の経営者と管理者に向けて、BCPの中身ではなく「BCPを動かすために平時の記録がどうあるべきか」を扱います。策定手順そのものは障がい福祉事業所のBCP策定とICT活用の記事で整理しているため、ここでは重複を避け、計画と現場をつなぐ情報の設計に絞ります。
BCPが動かないのは、情報が計画書の外にあるから
BCPには「利用者の安否を確認する」「サービスを縮小して継続する」といった手順が書かれます。ところが、その手順を実行するために必要な情報は計画書に書かれていません。誰に連絡すべきか、その利用者は誰の支援がないと生活が成り立たないか、代替手段は何か。これらは日々の記録や職員の頭の中にあります。
問題の構造は「属人化」と同じ
緊急時に判断が管理者へ集中するのは、情報が管理者の中にしかないからです。これは平時の申し送りが属人化している事業所で起きる現象と同じ構造です。平時に共有されていない情報が、緊急時に急に共有されることはありません。属人化の解消そのものについては介護施設の申し送り改善の記事で3つの仕組みを示しています。
訓練で「情報が足りない」に気づけていない
訓練を手順の読み合わせで終えると、情報の不足は表面化しません。訓練の設計を「担当職員が不在の状態で、記録だけを見て次の一手を決める」形に変えると、どの情報が欠けているかが即座に見えます。ここが訓練の本来の価値です。
3層で情報を揃える
第1層:安否確認 ― 優先順位まで含めて決めておく
安否確認の連絡先一覧は、多くの事業所が持っています。しかし緊急時に足りなくなるのは「誰から連絡するか」の順序です。一人暮らしか、同居家族が高齢か、医療的配慮を要するか。この判断材料が一覧に載っていないと、名簿の上から順に電話をかけることになります。連絡先台帳に優先度の欄を設け、状況が変わったときに更新する担当を決めてください。
第2層:支援の継続 ― 欠かせない支援を言語化する
縮小運営で何を残すかを決めるには、利用者ごとに「これがないと生活が成り立たない支援」が特定できている必要があります。ここは個別支援計画の目標とは別の観点です。計画は伸ばしたい方向を書きますが、災害時に必要なのは守るべき最低線です。日々の支援記録に、環境変化への反応や普段と違う場面での様子が書かれていれば、それが判断材料になります。逆に「特に変わりなく過ごした」だけの記録が並んでいると、この層は空になります。
第3層:再開の判断 ― 判断の基準を数字で持つ
再開や縮小の判断を管理者の勘に委ねると、管理者が被災した場合に組織が止まります。出勤可能な職員が何名を下回ったらどのサービスを止めるか、受入を絞る基準は何か。数字で書いておけば、誰でも同じ判断ができます。判断した内容と根拠を記録に残す運用も同時に決めておくと、後の検証と自治体への報告に使えます。
平時の記録を「緊急時に取り出せる」状態にする3つの条件
条件1:検索できること
紙のファイルが事務所の棚にあり、その事務所に入れない状況では記録は使えません。また、電子化されていても検索できなければ、必要な1件を探すのに時間がかかります。利用者名・期間・項目で絞り込める状態が最低条件です。
条件2:事業所の外から見られること
職員が自宅待機している状況で必要な情報にアクセスできるかを、訓練で必ず確認してください。同時に、外部からアクセスできる状態は情報漏えいのリスクも伴います。権限の範囲、端末の管理、操作履歴の確認方法を含めてルール化する必要があります。
条件3:記録の粒度が判断に足りていること
記録は残っているのに使えないという状況の多くは、粒度の問題です。事実が具体的に書かれていない記録からは、第2層の判断材料が取り出せません。記録の書き方そのものは記録の書き方と仕組み化の記事で扱った「事実と評価を分ける」設計が、そのまま災害時にも効きます。
BCPの見直しは「記録の点検」から始める
BCPの定期的な見直しは、計画書の文章を直す作業だと捉えられがちです。しかし実際に効果が出るのは、3層の情報が今の記録から引けるかを点検する作業です。点検の結果、引けない項目が見つかったら、記録の様式か保存の方法を直します。計画書の文章を増やしても、動く組織にはなりません。
見直しの手順としては、まず年に一度、3層それぞれについて「担当者不在の想定で、記録だけを見て次の一手を決められるか」を試してください。決められなかった項目が、その年の改善課題になります。この進め方なら、改善対象が具体的になり、訓練が形式的な読み合わせに戻りません。
災害対応のために特別な記録を新しく作る必要はありません。日々の記録が蓄積され、検索でき、判断に足る粒度で書かれていれば、それが最も強いBCPの土台になります。緊急時に使える記録は、平時にしか作れません。
よくある質問
Q. BCPは作成済みですが、何から見直せばよいですか?
A. 計画書の文章ではなく、安否確認・支援の継続・再開の判断という3層の情報が現在の記録から取り出せるかを点検してください。取り出せない項目があれば、そこが優先課題です。文章の追記より、記録の様式や保存方法の見直しのほうが効果が出ます。
Q. 小規模事業所でも3層すべてを整えるべきですか?
A. 規模が小さいほど、職員1名の不在で業務が止まるリスクが高くなります。まず第1層の連絡先の優先順位づけと、第3層の判断基準の数値化から着手してください。この2つは新しい様式をほとんど必要とせず、決めるだけで効果が出ます。
Q. 記録を外部から見られるようにすると情報漏えいが心配です。
A. アクセスできる職員の範囲、使用する端末、操作履歴の確認方法をあらかじめ決めることが前提です。範囲を絞らずに外部アクセスを開放するのは避け、必要な職員・必要な情報に限定してください。運用ルールの作り方は利用ルール雛形の記事も参考になります。
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監修
株式会社オルデンティアコーポレーション 福祉DXコンサルタント
福祉施設のDX・生成AI活用を専門に支援。本記事は現場の実務課題に基づき執筆・監修しています。